金星が月に隠れる2026年6月 — 星が消える一瞬が、地球の自転の遅れを測ってきた

金星が月の縁にふっと消える数秒間。その観測を2700年ぶん積み上げた研究が、地球の1日が伸び続けている証拠を掘り当てた。
2026年6月、金星が月の裏に回り込む
この夏、空のどこかで金星が月に隠れる。専門用語では金星食、あるいは掩蔽(えんぺい=天体が別の天体の後ろに隠れる現象)と呼ぶ。月が地球のまわりを回る途中で、たまたま金星の手前を横切る瞬間だ。
見える時間帯も方角も、住んでいる場所でまるで変わる。昼間の出来事になる地域もあって、その場合は明るすぎて肉眼ではまず気づかない。自分の街での正確な時刻は、国立天文台の暦をあたってほしい。
なぜ星は「ストン」と消えるのか
月には、ほとんど空気がない。だから月の縁に天体が差し掛かると、にじむことも薄れることもなく、文字どおり一瞬で消える。地球の地平線で夕日が赤くゆがみ、しばらく粘ってから沈むのとは正反対の振る舞いだった。
この「ストンと落ちる消え方」こそ、かつて月に大気がほぼないことの動かぬ証拠になった。点にしか見えない遠くの恒星なら、隠れるのにかかる時間は0.1秒もない。
金星はすこし事情が違う。遠い恒星と違って、望遠鏡では小さな円盤に見えるだけの面積を持つ。縁から欠け始めて完全に消えるまで、じわっと数秒かかる。星が点ではなく円盤なのだと、隠れ方そのものが教えてくれる。
| どこに隠れるか | あいだの大気 | 光の消え方 |
|---|---|---|
| 月の縁の向こう | ほぼ真空 | にじまず一瞬で消える |
| 地球の地平線の下 | 厚い大気 | 赤くゆがみ、ゆっくり沈む |
紀元前720年からの記録が語った「1日の伸び」
消えた時刻を正確に押さえられる、という性質が効いてくる。2016年、F・R・ステフンソンらの研究チームは、バビロニアの粘土板、古代中国や中世アラビア・ヨーロッパに残る日食と掩蔽の観測を、紀元前720年から西暦2015年ぶんまでかき集めた。
狙いはひとつ。「もし地球の自転がずっと一定だったら、その日食はどこで見えたはずか」を計算し、実際に記録された場所とのズレを測る。このズレは、世界時と一様な時刻のあいだに生じる差(ΔT=デルタT、地球の自転のムラを表す量)として表れる。
1.8ミリ秒なんて、まばたきよりはるかに短い。だが2700年積み重なると、計算上の日食の通り道と実際の記録は、地球をぐるりと回るほどズレる。古代の天文官が空に消えた星を書き留めた一行が、現代の物理にそのまま物を言う構図だった。
古代の星の記録が地球の自転を測る、というこの話、どう受け取った?
あなたのスマホの時刻と、うるう秒の行方
スマホが勝手に合わせてくる時刻(協定世界時=UTC)は、原子時計の刻むテンポを基準にしている。ところが地球の自転は一定じゃない。原子時計と実際の空のあいだがズレてくると、調整のために1秒を足す。これがうるう秒だ。1972年からこれまでに足された回数は27回、最後の挿入は2016年の大みそかだった。
面白いのはここ数年の逆転劇。2020年から2024年にかけて、観測史上もっとも短い「1日」が何度も記録された。長い目では遅くなっているはずの地球が、短期的には少し速く回り始めている。歴史上はじめて、1秒を「引く」負のうるう秒が現実味を帯びてきた。
断っておくと、6月の金星食を一晩眺めたところで、自転の遅れが見えるわけではない。2700年ぶんの帳簿に一行を足す観測の、その一行がどう取られてきたかという話だ。月の縁に金星がストンと消えるとき、そこに刻まれているのは、地球が回る速さがゆっくり変わってきた長い記録の続きでもある。
晴れたら、空を少しだけ見上げてみるのも悪くない。
参考・出典