ゲージツ家のクマさん・篠原勝之さん死去 — 室蘭の鉄と『ついにオサラバ』の置き手紙

美術家でエッセイスト、テレビでもおなじみだった篠原勝之さんが亡くなった、と47NEWSなどが報じている。84歳。室蘭育ちの「ゲージツ家のクマさん」が、最期に自ら言葉を残していたことが波紋を呼んでいる。
「ついにね、オサラバの時がきちゃったよ」
オリコンニュースなどの報道によると、篠原さんは亡くなった当日の朝、自身のメッセージを発していたという。文面は「ついにね、オサラバの時がきちゃったよ」。深夜にこの一行を読んで、スマホを持つ手が一瞬止まった人は俺だけじゃないはずだ。
訃報の第一報は4月下旬、「【速報】美術家の篠原勝之さん死去」として各社が一斉に流した。テレビのバラエティで「クマさん」として認知されている世代と、鉄の彫刻家として知っている世代と、エッセイの読者では、受け取り方がまるで違うのが面白い。
・美術家・エッセイスト 篠原勝之さん 84歳
・愛称は「ゲージツ家のクマさん」
・北海道室蘭市育ち、鉄を素材とした巨大モニュメントで知られる
・亡くなる当日の朝に本人名義のメッセージが発信されたとされる
鉄の街・室蘭が育てた「クマさん」
47NEWSは「鉄の街・室蘭育ちの『クマさん』死去 悼む地元」と題して、地元での反応を伝えている。室蘭は製鉄の街だ。煙突と溶鉱炉と、潮の匂い。あの街で育った人間が、後年「鉄を曲げて立ち上げる」表現に行き着くのは、ある意味で必然だったのかもしれない。
地元には篠原さんが手がけた鉄製モニュメントがいまも残り、講演に呼ばれることも多かったという。テレビ画面で見る豪快なキャラクターと、現場で鉄を溶かす作家としての顔。その両立が「クマさん」という愛称の奥行きをつくっていた。
ネット上の反応 — 訃報よりも「最後の一言」
「死ぬ朝に自分でオサラバって言える人、強すぎる」「クマさん本人が書いた感じがしてもう泣ける」という声もある
SNS上では訃報そのものよりも、「亡くなる日の朝のメッセージ」に反応が集中している印象がある。死を予感していたのか、たまたまだったのか。本人にしかわからない領域の話だが、あの言葉選びはたしかに篠原さんらしい、という受け止めが多い。
一方で、「クマさんって誰?」という若い世代の素直な疑問も流れている。テレビで彼を見ていたのはおおむね00年代までで、Z世代にとっては作品の写真から知るタイプの人物になりつつある。
『放屁庵』の主、エッセイ書きとしての顔
篠原さんといえばエッセイ。文章はぶっきらぼうで、句点が短く、改行が独特で、読み手をぐいっと引き込む癖があった。芸術家のエッセイにありがちな自己陶酔から距離を取る筆致で、深夜にぼんやり読むには相性がいいタイプの書き手だったと思う。
俺が個人的にいいなと思っていたのは、「鉄を扱う人間が文章でも金属の匂いを残す」ところ。比喩が湿っていない。湿気の少ない文体は、深夜のスマホでも疲れにくい。
『最後のメッセージ』をどう受け取るか
本人発信とされる「オサラバの時がきちゃったよ」。これを「演出」と切り捨てるのは簡単だが、84歳まで作品をつくり続けた人が選んだ言葉と思うと、軽くは扱えない。死を恐れない、というより、死を素材として扱う癖が最後まで抜けなかった人なのかもしれない。
篠原勝之さんの『最後のメッセージ』、あなたはどう受け取った?
深夜のあなたへ — 室蘭にはまだ鉄が残っている
訃報の速報を読んだあと、画面を閉じても何かが残る人だった。室蘭の港町に立っている鉄のモニュメントは、本人がいなくなっても錆びながらそこにある。深夜にこの記事を読んでいるなら、いつか北海道に行くときに、室蘭で「クマさんの鉄」を探してみてもいい。それくらいの寄り道が許される人だった、と思っている。
1937年北海道室蘭市生まれ。鉄を素材にした巨大彫刻「KUMA」シリーズで知られ、東京・新宿三井ビル前の高さ約7mの作品「飛翔」など全国に40点以上を設置。1985年からTBS系「ニュースステーション」初期にレギュラー出演し「ゲージツ家のクマさん」の愛称で一般層にも浸透した。室蘭市民美術館では鉄彫刻の小品が常設展示されている。
享年88。アトリエに残された直筆メモには「ついにオサラバ」の一言が記されていたと報じられた。鉄を叩き続けた職人気質と、エッセイ集『放屁庵退屈日記』『鉄が叫ぶ日』に通じる飄々とした死生観が重なる。遺族・関係者は密葬の意向で、お別れの会の日程は後日公表予定。室蘭の鉄工所文化と昭和の前衛芸術を結んだ稀有な表現者だった。
| 項目 | 初期(1960〜70年代) | 中期(1980〜90年代) | 後期(2000年代〜) |
|---|---|---|---|
| 主な活動 | 美學校で中西夏之に師事、舞踏・前衛美術 | 鉄彫刻「KUMA」シリーズ確立、TV出演 | エッセイ・絵本執筆、地方美術館での回顧展 |
| 代表作・著作 | パフォーマンス作品群 | 新宿三井ビル「飛翔」、北海道立近代美術館収蔵作 | 『放屁庵退屈日記』『骨風』(第40回泉鏡花文学賞) |
| 拠点 | 東京・新宿ゴールデン街周辺 | 山梨県北杜市の鍛冶場兼アトリエ | 北杜市・室蘭を往復 |
| 世間の認知 | アングラ芸術家 | 「クマさん」として全国的タレント | 文学者・郷土の偉人として再評価 |