「木漏れ日」は英語に訳せない。日本語と英語の違いが面白すぎた雑学まとめ

「木漏れ日」を英語で言えない。11単語並べてやっと近づく。それでも何かが死んでいる。言語の違いを掘り始めたら、本当に止まらなくなった。
英語圏にも同じ現象はある。ただし、1単語がない。これが全てだ。
木漏れ日 (komorebi)
木の葉の隙間から差し込む光。英語では "rays of sunlight filtering through leaves" と11単語かけて近づく。それでも何かが抜け落ちる。
英語のブログに "komorebi" がそのまま載っているのを何度も見た。翻訳を諦めた結果、日本語が輸出されている。
木の葉の隙間から差し込む光。英語では "rays of sunlight filtering through leaves" と11単語かけて近づく。それでも何かが抜け落ちる。
英語のブログに "komorebi" がそのまま載っているのを何度も見た。翻訳を諦めた結果、日本語が輸出されている。
積ん読 (tsundoku)
本を買って積んだまま読まないこと。英語では "book hoarding" と訳されることが多いが、hoarding は病的な「溜め込み」のニュアンスだ。積ん読の、あの罪悪感と満足感が混ざった感じとは全然違う。これも英語圏でそのまま "tsundoku" として広まっている。
木枯らし (kogarashi)
晩秋から冬にかけての冷たい風。英語では "cold autumn wind" か "winter wind"。季節と温度と、葉が散るイメージが全部詰まっているのに、英訳すると情報が半分になる。日本語は天気ひとつにも感情を込める。
縁側 (engawa)
"porch" と訳されることが多い。ただしアメリカのポーチはBBQできる広いデッキのイメージで、縁側の「ぼーっと庭を眺める場所」感は出ない。室内でも屋外でもない、あの曖昧な空間が英語には存在しない。
侘び寂び (wabi-sabi)
不完全・無常・不足の中に美を見出す概念。"imperfect beauty" では何かが死ぬ。2000年代以降、英語圏でwabi-sabiという言葉がそのまま使われているのは、翻訳を諦めた結果だ。
言語は翻訳ツールじゃなくて、その文化の物の見方そのものだ。木漏れ日に1単語をあてた日本人と、それを「翻訳できない」と気づいて komorebi のまま借用した英語話者と、どっちの動きも面白い。
一番「言語って面白い」と思った話はどれ?