江戸はリサイクル100%、忍者は農民 — 教科書が触れない日本史の真実を衝撃度で並べた

5位から始めよう。1位の事実を知ったとき、自分が思い描いていた江戸時代の風景が、ちょっと崩れた。
テストには出ない。受験にも関係ない。だが知ると、教科書の余白に勝手にメモを書き足したくなる類の話だ。
5位: 戦国合戦の主役は刀ではなかった

大河ドラマの戦闘シーンでは、武将同士が刀をぶつけ合う。あれは演出だ。
戦国の合戦で実際に死傷者を出していたのは、刀ではなく槍と弓と鉄砲だった。
戦場では「相手に届く距離」が決定的だった。刀は接近戦の最終手段であって、それ以前に槍の穂先や矢が決着をつけてしまう。武士の魂と呼ばれた日本刀は、戦闘ツールというより身分の象徴に近かった。実戦の主役は、もっと地味な武器だった。
映画の決闘シーンが嘘というわけではない。ただ、戦場の現実とは少し違う、ということだ。
4位: 平安貴族は、ほとんど風呂に入らなかった

十二単に長い黒髪、雅な恋歌のやり取り。源氏物語の世界観で美化されがちな平安貴族。
彼らは月に1〜2回しか沐浴していなかったとされる。
当時、湯を沸かすのは大事業だ。井戸から水を汲み、薪を割り、湯を沸かす。これを毎日できる経済力と人手があったのは、本当に限られた家だけだった。
長い黒髪は年に数回しか洗わなかったという記録もある。洗髪は丸一日がかりの儀式で、吉日を選んで行われた。乾かすのに半日以上かかるからだ。源氏物語の中にも、洗髪を理由に予定を断る場面が出てくる。
3位: 江戸の識字率は当時の世界トップクラスだった

「日本人は勤勉」という自画自賛は手垢が付いている。だが識字率の数字を見ると、その評価は単なる神話ではなかったとわかる。
江戸末期、江戸市中の識字率は男性で70%以上、女性で50%前後と推定されている。同じ頃のロンドンが20%前後、パリは10%前後だ。
| 都市 | 男性識字率(推定) | 時期 |
|---|---|---|
| 江戸 | 約70〜80% | 1850年頃 |
| ロンドン | 約20% | 同時期 |
| パリ | 約10% | 同時期 |
支えていたのは寺子屋だ。全国に1万5千以上あったとされ、農村にも町にもあった。月謝は払えるだけでよく、米や野菜で代用してもいい。授業料は出世払いに近い緩さで運営されていた。
江戸時代の商取引は、たとえ農村でも文書ベースで動いていた。年貢の納入、土地の売買、奉公人の契約、すべて紙に書く。読み書きができないと損をする社会だった。さらに出版文化が発達し、貸本屋が地方まで本を流通させていた。「読みたいから読めるようになった」側面も大きい。
2位: 忍者の本業は、戦闘員ではなく農民か薬売りだった

黒装束で屋根を走り、手裏剣を投げ、術を使う。あれは江戸後期から明治にかけて創作された忍者像だ。
戦国期に実在した忍びの者の多くは、伊賀や甲賀の地侍や農民だった。普段は田畑を耕し、領主から依頼があれば情報収集や夜討ちに出る。要するに副業に近かった。
江戸時代に入って戦がなくなると、忍びは仕事を失った。一部は幕府の御庭番として制度化され、別の一部は薬売りや剣術の指南役に転業した。今のイメージの忍者は、寄席や講談、戦後の映画と漫画が作り上げた像だ。
手裏剣自体は実在した。だが投げて敵を倒すのではなく、追っ手を撹乱するための道具という説が有力だ。命中させて殺すには弓や鉄砲のほうがはるかに効率がいい。漫画のように十字手裏剣を連射する忍者は、ほぼ存在しなかった。
1位: 江戸はリサイクル率ほぼ100%のゼロウェイスト都市だった

1位は、知ったあとに現代を見ると少し気が滅入る話だ。
人口100万を超えていた江戸は、当時世界最大級の都市だった。そしてゴミがほぼ出なかった。
古紙は紙屑買いが回収して再生紙へ。割れた茶碗は焼継ぎ屋が漆と石膏で直す。古着は何度も縫い直され、最後は雑巾、最後の最後にかまどの焚き付け。蝋燭の燃え残りは買い取られて再成形される。傘の油紙、桶のタガ、提灯の骨、ありとあらゆるものに専門の修理職人がいた。
| 廃物 | 回収・再利用の担い手 |
|---|---|
| 古紙 | 紙屑買い → 再生紙へ |
| 割れ茶碗・瀬戸物 | 焼継ぎ屋が漆と石膏で修復 |
| 古着 | 古着屋 → 雑巾 → 焚き付け |
| 蝋燭の燃え残り | 蝋燭の流れ買い |
| 人糞 | 近郊農家が買い取り、肥料に |
| 灰 | 灰買い → 染色・肥料・洗剤原料 |
圧巻は人糞だ。下肥(しもごえ)と呼ばれ、近郊の農家が定期的に長屋を回って買い取った。長屋の大家にとって店子の排泄物は副収入源で、人糞の質——食生活のいい武家屋敷のものほど高値——まで値段がつけられていた。
江戸は鎖国下にあり、資源の輸入がほぼなかった。鉄も紙も衣類も国内で回すしかない。さらに人口密度が極端に高く、消費財をそのまま捨てていたら都市機能が麻痺する。需要側にも供給側にも、リサイクルが必然となる条件が揃っていた。エコ意識が高かったというより、経済合理性の結果として、結果的にゼロウェイストになっただけ、という見方もできる。
現代の東京で出るゴミの量と比べると、ため息が出る。便利さの代償は、案外、目に見えない場所に積もっている。
並べてみてわかること
5位から1位まで、共通点がある。教科書には載らないのに、社会の根っこを支えていた事実ばかりだ。
合戦の主役は地味な槍兵で、知識は寺子屋から生まれ、忍者は田畑を耕しながら情報を運び、江戸の繁栄はリサイクルが下支えしていた。派手な英雄譚の裏側にある、目立たない仕組み。歴史の本当に面白い部分は、たぶんそこにある。
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