20個の量子ビットで作った「時間結晶」 — 永久に揺れるのに永久機関ではない物質の話

永久に同じリズムで揺れ続けるのに、その揺れからエネルギーは取り出せない。物理学者が長く「あり得ない」と見ていた状態を、Googleの量子チップが20個の粒で組み上げた。名前は「時間結晶」。
結晶は、空間にできるものだと思っていた
雪の結晶を思い浮かべてほしい。六角形が、同じ形を保ったまま外へ外へと繰り返していく。塩もダイヤも、原子が規則正しい間隔で並んでいるから「結晶」と呼ばれる。共通しているのは、空間の中で同じパターンが反復していること。
時間結晶は、その反復を時間でやる。空間に模様を刻むかわりに、決まった間隔で同じ状態へ戻ってくる。止まっているのに時を刻む置き時計のような、と言えば近い。
「空間に結晶があるなら、時間にも結晶があっていいはずだ」。言い出した物理学者の問いは、それくらい素朴なものだった。
提唱したのは、2004年にノーベル物理学賞を受けたフランク・ウィルチェック。2012年、「物質が一番落ち着いた状態でも、ひとりでに動き続けることはあり得るのか」と問うた。当時はまともに取り合われないテーマだったという。
20個の量子ビットで、それは本当に作られた
絵空事が実験室に降りてきたのは2017年。メリーランド大のチームがイオンを並べた装置で、ハーバードのチームがダイヤモンドの中の欠陥を使って、時間結晶らしき振る舞いを別々に観測した。
はっきりした決定打は2021年。Googleの量子プロセッサ「Sycamore」を使った研究で、再現性をもって示された。
この「叩いた回数の半分でしか応答しない」性質が肝になる。外からエネルギーを注いでいるのに、系はそれを溜め込んで熱くならず、決まったリズムだけを律儀に守る。普通の物質なら、揺さぶればやがて温まってバラバラになるはずなのに。
「あり得ない」を、どうやって回り込んだのか
そもそも、なぜ長く不可能とされたのか。エネルギーが一番低い状態の物質は、動かないのが物理の常識だった。動き続けるなら、そこから仕事を取り出せてしまう——それは永久機関で、熱力学が禁じている。2015年には、平衡状態の時間結晶は存在しえないと示す理論まで出ている。
抜け道は、土俵を変えることにあった。一番低い状態を狙うのをやめ、外から叩き続ける「揺さぶられた状態」を使う。鍵は、叩かれてもエネルギーを吸い込まない仕組み(多体局在=粒子どうしの乱れが熱の広がりを堰き止める現象)。温まらずにリズムを保てる。
| 比べるもの | よく知る結晶(雪・塩) | 時間結晶 |
|---|---|---|
| 繰り返すのは | 空間(場所) | 時間(タイミング) |
| 何でできている | 原子・分子 | 量子ビットなど粒の状態 |
| 保たれる条件 | そのまま置いておく | 外から一定のリズムで叩き続ける |
| 崩れるとき | 溶ける・砕ける | リズムが乱れる・温度が上がる |
表にして並べると、名前の付け方の素直さが見えてくる。場所の繰り返しが「結晶」なら、時間の繰り返しもまた「結晶」。禁じ手だと思われていたのは、入口を一つしか見ていなかったから、とも読める。
ただし、これで未来のバッテリーができるわけじゃない
時間結晶は永久に揺れるが、そこから電気やエネルギーを取り出すことはできない。取り出そうとした瞬間、その状態は壊れる。タダで動くエネルギー源ではない。
「量子技術を変える」という見出しも、いまは約束であって製品ではない。乱されても情報を保ち続ける性質は、量子コンピュータの弱点——わずかなノイズですぐ計算が壊れる——への手がかりになると期待されている。とはいえ、明確な使い道が完成しているわけではない。
それでも、平衡から外れた物質に新しい「相」が隠れていると分かったこと自体が大きい。固体・液体・気体しかないと思っていた棚に、もう一段が増えた。あなたのスマホを動かす半導体も、もとをたどれば量子力学の産物。その物理がまだ未知の状態を抱えている、という事実のほうが、たぶん面白い。
「永久に揺れるのにエネルギーは取り出せない物質」、どう受け取った?
参考・出典