魚なのに手首があった — 3億7500万年前『ティクターリク』が映す、祖先が陸に上がった瞬間

魚なのに手首があった — 3億7500万年前『ティクターリク』が映す、祖先が陸に上がった瞬間
この記事は研究・論文の内容をわかりやすく紹介したものです。詳細は原著論文・原典をご確認ください。

魚なのに、手首がある。3億7500万年前のティクターリクという生き物の鰭(ひれ)の中に、人間と同じ手首の骨が入っていた。水から陸へ上がる、ちょうどその境目が化石になっている。

鰭の中に手首が埋まっている

ティクターリク・ロゼアエ。2004年にカナダ北極圏で発掘された古代生物で、見た目はワニのような扁平な頭を持つ巨大な魚だ。体長は最大で2.7メートル。普通ならただの古い魚として処理される化石なのだが、研究チームが胸鰭を解剖して衝撃を受けたのは骨の構成だった。

鰭の中に、上腕骨、橈骨(とうこつ)、尺骨、そして手首の骨が並んで入っていた。順番もほぼ人間と同じ。鰭条(きじょう)という魚特有のヒレ部分はまだ残っているが、その根元はすでに「腕」になっていた。

2006年にNature誌で発表されたティクターリクの胸鰭分析では、現生の四足動物と同じ骨(上腕骨・橈骨・尺骨・手首)が確認された。並び順まで一致している。

北極の崖から狙い撃ちで出てきた化石

発掘地はヌナブト準州エルズミーア島。北緯79度、冬は氷点下40度になる土地だ。シカゴ大学のニール・シュービンらが2004年に発見した。3億7500万年前のデボン紀後期には浅い熱帯の河口で、ティクターリクはそこで暮らしていたと推定されている。

魚と四足動物の間を埋める「ミッシングリンク」を探していた研究チームは、デボン紀後期の地層が露出している場所を地図上で絞り込み、北極圏まで遠征した。偶然の発見ではなく、当たりをつけて掘った場所から出てきたという珍しい例だ。

生物 時期 手首の有無
ユーステノプテロン(硬骨魚) 3億8500万年前 なし
ティクターリク 3億7500万年前 あり(原始的)
アカントステガ(初期四足動物) 3億6500万年前 あり(8本指)

あなたの手首は、魚の鰭の続きにある

これが面白いのは、自分自身の身体構造にまっすぐ繋がる話だからだ。今このスマホを支えている手首の関節、捻ったり曲げたりできる構造の起源は、3億7500万年前のティクターリクの鰭の中にすでにあった。

進化生物学には「相同器官」という考え方がある。同じ起源を持つ器官が、生き物ごとに違う形に進化していく現象のこと。クジラのヒレ、コウモリの翼、人間の腕。これらは全部、同じ「骨の設計図」から作られている。その設計図のひな型がティクターリクの鰭で確認できたことが、研究の核心だ。

今このスマホを持つために使っている手首の構造は、3億7500万年前の浅瀬の魚で生まれた。設計の連続性がそこまで遡れる。

ただし「歩いた」とは断定できない

研究チームも慎重な言い方をしている。ティクターリクは「歩いた」のではなく、「鰭で体を支えて浅瀬を移動した」可能性が高い、と。完全な陸上歩行ができたのは、もう少し後のアカントステガやイクチオステガといった初期四足動物からだ。

さらに2020年、シカゴ大学のトーマス・スチュアートらはティクターリクの近縁種「キキクタニア・ワケイ」を発表している。こちらは逆に水中生活に戻った可能性が指摘されていて、陸上化は一方通行で進んだわけではない、と研究チームは述べている。行ったり来たりしながら、進化は試行錯誤を続けたらしい。

魚が陸に上がる、と一行で書ける話の中身は、3億年単位の試行錯誤と、北極の崖から掘り出された数個の化石でできている。スマホを操作している自分の手首にも、その一部が残っている。

人間の手首が3億7500万年前の魚の鰭から進化した、という話どう受け取った?

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