行列のかけ算、56年ぶりに更新 — GoogleのAI「AlphaEvolve」が49回を48回にした話

行列のかけ算、56年ぶりに更新 — GoogleのAI「AlphaEvolve」が49回を48回にした話
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4×4の行列をかけ算する手数は、56年間ずっと49回が最少とされてきた。それをGoogleのAIが48回に削った。たった1回の差が、あなたのスマホの中の計算につながっている。

49回が48回になった。それだけの話に見える

主役は「行列」だ。縦横に数字を並べたあの格子を2つかけ合わせる計算は、3Dゲームの描画からAIの学習まで、計算機がいちばん回数をこなす作業のひとつ。地味なのに、どこにでもいる。

4×4の行列どうしを素直にかけ算すると、64回のかけ算がいる。1969年、ドイツの数学者フォルカー・シュトラッセンが、その手数を49回まで減らす方法を見つけた。以来、半世紀以上だれもこの記録を破れずにいた。

4×4行列のかけ算に必要な乗算回数。素直に計算すると64回 → シュトラッセン法(1969年)で49回 → AlphaEvolve(2025年)で48回。複素数の範囲という条件つきだが、56年ぶりに記録が1回だけ縮んだ。

AIは「進化」で答えを掘り当てる

2025年5月にGoogle DeepMindが公開したAI「AlphaEvolve」は、答えを一発で当てるタイプではない。文章やコードを書く大規模言語モデルGeminiにアルゴリズムの候補を大量に書かせ、性能のいいものを選んで少しずつ書き換える。生き物の進化に似た「選んでは変える」を、機械の速度で延々と回し続ける仕組みだと研究チームは説明している。

テストの成績はきれいだった。50題以上の数学・情報科学の難問にぶつけたところ、約75%で既知の最良解にたどり着き、約20%でそれを上回った、と研究チームは報告している。

この成果はDeepMindの技術報告として公開されたもので、ふつうの論文のような査読を経た最終形ではない。数学者コミュニティによる検証が続いている研究段階の話として読むのが正確だ。
計算方法4×4のかけ算に必要な乗算
素直に計算64回
シュトラッセン法49回1969
AlphaEvolve(複素数)48回2025

有名どころでは、11次元の「接吻数(せっぷんすう)」問題——中心の球に、重ならずに何個の同じ球を触れさせられるかという問い——で、下限を592個から593個に押し上げた、とも報告されている。たった1個。けれど50年以上動いていなかった種類の数字だ。

なぜ、あなたのスマホの話になるのか

行列のかけ算は、ニューラルネットワークの学習でも、写真アプリのフィルタでも、ゲームの座標変換でも、ひたすら繰り返される。1回の乗算を減らす意味は、その「ひたすら」の部分で効いてくる。シュトラッセン法が今も生きているのは、大きな行列を小さな塊に分けて再帰的にあてはめると、塊の数だけ節約が雪だるま式に積み上がるからだ。

とはいえAlphaEvolveの実用面の手柄は、実は48回そのものではない。DeepMindによると、同じAIがGoogleのデータセンターでの仕事の割り振りを改善し、世界中の計算資源の約0.7%を恒常的に取り戻したという。TPU(GoogleのAI専用チップ)の回路設計や、Gemini自身の学習速度の改善にも使われたとされる。

AlphaEvolveはGoogleのデータセンターのスケジューリングを書き換え、計算資源の約0.7%を継続的に回収したと報告されている。0.7%は小さく見えて、Google規模では巨大な電力と費用に化ける。記録更新よりこっちが効いているのが現実だ。

AIが数学の難問を解く時代、あなたはどう感じる?

「AIが数学を解いた」の前に

注意点もある。48回はあくまで複素数の世界での結果で、ふだんの実数のかけ算がそのまま1回ぶん速くなるわけではない。理論上の記録更新と、あなたの端末の体感速度は別の話として置いておくのがいい。

もうひとつ。AlphaEvolveは問題を白紙から発明したのではなく、人間が「こう採点する」という基準を用意し、探索の枠組みを設計したうえで動いている。解いたのはAIなのか、AIを操った人間なのか——その線引きはまだきれいに引けていない。それでも半世紀だれも動かせなかった数字を機械が1つ削った事実は残る。次に破られるのは、どの「常識」だろう。

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