ポケベルが日本から消えて7年 — 数字で愛を伝えた「14106」の時代

スマホもLINEもなかった頃、恋人への「好き」は数字5桁で届いた。「14106」がアイシテルだと読めた人は、いま30代後半にさしかかっている。
この春、大型連休の片づけで、黒い小さな機械を引き出しから見つけた人もいるはずだ。ストラップだらけで、画面には数字しか出ない。ポケベルの話をする。
ポケベルは数字を受け取るだけの機械だった
そもそもポケベルで電話はかけられない。メールも写真も無理。できるのは、誰かが送ってきた数字を画面に映すこと、ただそれだけ。
持ち主にできるのは「数字を読むこと」と「電話を折り返すこと」。今のスマホからは不便さが想像しづらいけれど、当時はこれが最先端の連絡手段だった。
なぜ数字が言葉になったのか
数字しか送れない。なら数字を言葉に変えればいい——そう考えた平成の若者が編み出したのが「語呂合わせ」だ。
仕組みは単純で、数字の読み方を文字に当てるだけ。「0840」なら、お(0)・は(8)・よ(4)・う(0)で「おはよう」になる。公式に決められたルールではない。友達どうし、恋人どうしのあいだで勝手に増えていった、手作りの暗号だった。
平成の若者が打ち込んでいた暗号
当時よく飛び交っていたコードを並べてみる。いくつ読めるだろうか。
- 14106 — アイシテル
- 889 — はやく(早く返事して)
- 3341 — さみしい
たった数桁に気持ちを乗せる。文字数制限どころか「文字そのものがない」縛りのなかで、平成の若者はやりとりを続けていた。
1996年がピーク、2019年に最後の電源が落ちた
ポケベルの歴史は意外と長い。日本でサービスが始まったのは1968年、東京から。若者の遊び道具になったのは、それから四半世紀あとのことだった。
ピークは1996年。全国の契約数は1000万件を超えたとされる。だが、ここからの転落は速かった。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1968年 | 東京でポケベルのサービス開始 |
| 1990年代前半 | 数字表示に対応し、若者へ爆発的に普及 |
| 1996年 | 契約数がピーク、1000万件超 |
| 1990年代後半 | PHS・携帯電話に押され契約者が急減 |
| 2019年9月30日 | 最後のサービス終了、日本のポケベルが消滅 |
1990年代後半、PHSと携帯電話が普及すると契約者は一気に減った。皮肉にも、ポケベル事業を引き継いだNTTドコモ自身が、次の時代の主役になっていく。
数字に気持ちを込めていた
1993年に『ポケベルが鳴らなくて』というドラマがあった。タイトルがそのまま、連絡のつかない切なさを言い当てていた。既読も通知もない時代、相手が数字を見たかどうかすら分からなかった。
その不便さの分だけ、ベルが鳴った瞬間には重さがあった。「14106」の5桁を打つために、雨の日も公衆電話に並んだ人がいる。スマホで一秒で送れる「好き」と、どちらが本物だったか——たぶん、そう簡単には決められない。
この記事に出てきたコード、いくつ読めた?