ジフテリア、オーストラリアで過去最大の流行 — ワクチン世代が忘れた病が戻ってきた

100年前まで子どもの命を奪っていた病気が、オーストラリアで過去最大規模の流行を起こしている。ワクチンで制圧されたはずのジフテリア。なぜ今、戻ってきたのか。
記憶の中の病気が、現実の患者として現れた
オーストラリア当局が、過去数十年で最大規模となるジフテリアの流行に直面している。北部準州やクイーンズランド州、ニューサウスウェールズ州の一部で確認された感染例は、地域の保健当局を驚かせた。世代によっては「教科書で見たことがあるだけ」の病気が、保健所に運び込まれている。
ジフテリアは1980年代以降、先進国ではほぼ消えた疾患と認識されてきた。オーストラリアでも年間の確定例はここ20年ほど1桁で推移していた。今回の流行はその常識を覆した形になる。
そもそもジフテリアとは、どんな病気なのか
原因菌はCorynebacterium diphtheriae(ジフテリア菌)。喉の奥に灰色の偽膜と呼ばれる厚い膜を作り、ひどい場合には気道を塞いで窒息を招く。さらに菌が放出する毒素が心筋や末梢神経を侵し、心不全や麻痺といった全身症状を引き起こす。
19世紀末の欧米では「子どもを絞め殺す天使」と呼ばれた時期もある。20世紀に入って抗毒素血清、そしてジフテリア・トキソイドワクチンが開発されたことで、先進国の死亡数は劇的に減少した。
では、なぜ今になって戻ってきたのか
複数の要因が重なっていると見られている。
ひとつ目は成人免疫の経年的な低下。ジフテリアワクチンは10年ごとの追加接種が推奨されているのに、大半の大人がそれを忘れている。子どもの頃に打った基本接種の効果は、30代後半に差しかかる頃には大きく目減りしている。
ふたつ目はCOVID-19パンデミック期の混乱。世界中で定期予防接種のスケジュールが乱れ、未接種・接種遅延の子どもが増えた。WHOは2020〜2022年の3年間で約2500万人の乳幼児が基本的なワクチン接種を逃したと推計している。
そしてワクチン忌避の広がり。SNS経由の誤情報、行政への不信、文化的な理由。先進国の高い接種率が崩れ始めたのはこの10年の話。オーストラリアは全体としては高接種率を維持しているが、地域差・コミュニティ差が問題視されてきた。
日本にいる読者には関係があるのか
ある。日本の定期接種スケジュールでは、ジフテリアトキソイドを含む四種混合(DPT-IPV)が乳幼児期に4回、11〜12歳の時期にDT(二種混合)が1回行われる。それ以降、定期の追加接種は組み込まれていない。
今これを読んでいる18〜35歳の多くは、最後の接種から数年〜十数年が経過した状態。抗体価は確実に下がっている。海外渡航、特にジフテリア流行地域への旅行や留学を計画しているなら、Tdap(成人用三種混合)の接種を医師に相談する価値はある。
| 時期 | 日本での標準接種 |
|---|---|
| 生後2か月〜1歳 | 四種混合 4回(DPT-IPV) |
| 11〜12歳 | 二種混合 1回(DT) |
| それ以降 | 定期接種なし(任意で追加可) |
ただし冷静に見ておきたい点もある。今回の流行は、現時点で「数十例」のオーダーであって、パンデミック規模ではない。オーストラリアの公衆衛生システムは接触者の追跡と予防投与に動いている。過度に恐れる必要はない。
面白いのは、これが「過去の病気」と「現代の医療システム」の境界線で起きていること。ワクチンの恩恵を空気のように享受してきた世代に、その空気が薄まり始めているという事実を、ひとつの流行が突きつけている。
あなたは大人になってからワクチンの追加接種をした記憶がある?
参考・出典
- Diphtheria vaccine: WHO position paper – August 2017 (World Health Organization, 2017) — Weekly Epidemiological Record
- Resurgence of diphtheria: a global call for action (Truelove SA, Keegan LT, Moss WJ, et al., 2020) — Clinical Infectious Diseases
- Australian Immunisation Handbook: Diphtheria (Australian Government Department of Health and Aged Care, 2024) — Australian Government