重力は『現実』を作っているのか — 量子もつれから時空が立ち上がるという仮説の現在地

重力は『現実』を作っているのか — 量子もつれから時空が立ち上がるという仮説の現在地
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「重力は基本の力ではない」 — 物理学者エリック・フェルリンデが提示した仮説が、量子もつれの研究と接続し、いま再評価されている。

アムステルダム大学のフェルリンデが2010年に発表した論文以来、物理学の一部で奇妙な見方がじわじわと支持を広げてきた。重力は電磁気力や核力と並ぶ基本の力ではなく、もっと下位の何か — 情報のエントロピー — から「立ち上がる」現象だ、というアイデア。

もしこれが正しければ、ニュートンとアインシュタインが描いた重力の姿は、海の表面の波のようなもの。海そのものではなく、海の中で起きている分子の動きが見せている結果として理解されることになる。

時空が「もつれ」でできている、という見立て

2010年、ブリティッシュコロンビア大学のマーク・ヴァン・ラームスドンクが、もう一段奇妙な指摘をした。論文タイトルは「Building Up Spacetime with Quantum Entanglement」 — 直訳すれば「量子もつれで時空を編み上げる」。

量子もつれとは、2つの粒子が遠く離れていても状態が瞬時に連動する現象。アインシュタインが「気味の悪い遠隔作用」と呼んで嫌った、あの効果のこと。

ヴァン・ラームスドンクの計算が示したのは、ホログラフィック原理という枠組みのなかで、2つの空間領域の「もつれ」を切り離していくと、その間の時空そのものが消えてしまう、という結論だった。

もつれを減らす → 空間の距離が広がる。もつれを完全に切る → 空間そのものが切断される。時空はもつれという『糊』で貼り合わされている、という見立て。

「ER=EPR」という奇妙な等式

2013年、プリンストン高等研究所のフアン・マルダセナとスタンフォードのレオナルド・サスキンドがさらに踏み込んだ。彼らが提唱した「ER=EPR」は、見た目にかなり不可解な等式。

ERはアインシュタイン=ローゼン橋、つまりブラックホール同士をつなぐ仮想的なトンネル(ワームホール)を指す。EPRはアインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンが議論した量子もつれの状況。この2つは「同じものの別表現」だ、というのが彼らの主張だった。

「もつれた2つの粒子は、本質的に小さなワームホールでつながっている」 — Maldacena & Susskind (2013)

もつれた2粒子と、極小のワームホールが等価。ただの比喩ではなく、数学的に同じ構造を持つかもしれないという話。これが正しければ、量子の世界と重力の世界を分けて考えてきた20世紀物理学の前提が崩れる。

なぜこれが『万物の理論』への道なのか

物理学者の長年の宿題は、量子力学と一般相対性理論をひとつにまとめる「量子重力理論」 — いわゆる『万物の理論』 — を完成させること。アインシュタインも晩年これに取り組み、達成できないまま亡くなった。

これまでの主流アプローチ、たとえば超弦理論やループ量子重力は、重力をほかの力と同じ「量子化すべき何か」として扱ってきた。しかし創発重力(emergent gravity)の発想は、そもそも重力を量子化する必要はない、と主張する。基本の何かではないのだから、と。

2020年代に入って、ブラックホールの情報パラドックスを解く文脈で、ジェフ・ペニントンやアフメド・アルメイリらが「量子極限面(quantum extremal surfaces)」という手法を使い、もつれと時空の関係をさらに精密に記述しはじめている。彼らの計算は、ホーキングが半世紀前に立ち上げた問題に、はじめて定量的な解を与えたとされる。

もし時空がもつれから生まれるなら、あなたがいま座っている椅子と床の間の距離も、量子情報のネットワークが描き出した結果ということになる。現実そのものが、情報処理の出力。

ただし、現時点では「証明された理論」ではない

ここまでの話、刺激的だがひとつ釘を刺しておきたい。創発重力もER=EPRも、いまのところ実験で直接検証されていない。フェルリンデの理論はダークマターの分布を一部説明できる可能性が議論されているが、銀河団スケールでの矛盾も指摘されている。

これらの議論の多くは、現実の宇宙(平坦な4次元時空)ではなく、「反ド・ジッター空間」という負の曲率を持つ仮想的な時空でしか厳密に成り立たない、という事情もある。宇宙そのものは逆にわずかに正の曲率を持つド・ジッター空間に近いとされる。理論を現実宇宙に拡張する作業はまだ途上。

それでも、重力が「現実を作る何か」かもしれないという発想は、夜に天井を見上げたくなる程度には、面白い。

重力は『基本の力』ではなく『情報から生まれる現象』 — この仮説、どう受け取る?

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