「ゾンビ細胞」を全部殺してはいけない — 抗老化研究で見直されている老化細胞の役割

老いた体に溜まる「死なない細胞」は、長らく寿命を縮める犯人とされてきた。だが最新の研究では、それが傷を治し、組織を守る働きもしていると分かってきている。抗老化医療の前提が揺らいでいる。
ゾンビ細胞、正しい名前は「老化細胞」
細胞は分裂回数に限りがある。傷ついたDNAやストレスを受けると、増えるのをやめる。死なずにその場に居座り、周囲に炎症物質をばらまき続ける。この状態を細胞老化(cellular senescence)と呼ぶ。死なないのに働きも変わってしまうところから、海外の研究者が「ゾンビ細胞(zombie cells)」と呼び始めた。
厄介なのは、年齢とともに体内にどんどん蓄積していくこと。皮膚のシワ、関節の痛み、動脈硬化、糖尿病、認知機能の低下まで、加齢に伴うほぼ全ての不調にこの細胞の影が指摘されてきた。
マウスから老化細胞だけを選択的に除去し続けたら、健康寿命が約25%延びた。心臓・腎臓・脂肪組織の機能低下も和らいだ。抗老化研究の起点となった有名な実験。
この結果に、製薬業界は色めき立った。老化細胞を選んで殺す薬「セノリティクス(senolytics)」の開発競争が始まり、現在も臨床試験が世界中で進行中だ。
全部殺すと、むしろ早く死ぬマウスがいた
ところが、ここ数年の研究で雲行きが変わってきた。
カリフォルニア大学のJudith Campisiらのグループは、皮膚に傷をつけたマウスで実験している。老化細胞を取り除いたマウスは、傷の治りが明らかに遅かった。老化細胞が分泌するPDGF-AAという成長因子が、皮膚の修復に必要だったのだ。
肝臓の研究でも似た結果が出ている。肝臓で「Glutamine synthetase陽性」の老化細胞を消したマウスは、組織が線維化し、寿命がむしろ短くなった。場所と種類によっては、ゾンビ細胞は守り神でもあった。
細胞老化は本来、傷つきすぎたDNAを持つ細胞が癌化するのを防ぐ仕組みでもある。胚の発生でも一時的に老化細胞が現れ、組織の形作りに関わっている — 研究者たちはこう指摘する。
「いつ・どこの・どのタイプ」を見分ける段階へ
同じ「老化細胞」というラベルでも、中身は全然違う。これが2020年代後半の抗老化研究で見えてきた事実だった。
| タイプ | 役割 | 扱い |
|---|---|---|
| 一時的に出現する老化細胞 | 創傷治癒、胚発生、線維化抑制 | 残しておくべき |
| 慢性的に蓄積した老化細胞 | 炎症性物質を出し続け、隣の細胞も老化させる | 除去で恩恵が期待される |
| 組織特異的な保護型 | 肝臓・血管などで組織を守る | 下手に消すと逆効果 |
区別するためのバイオマーカーは現状、十分とは言いがたい。古典的なp16やp21といった目印では、有益なタイプと有害なタイプを区別できないことが明らかになってきている。
セノリティクス、本当に飲んでいいのか
抗老化サプリとして「ダサチニブ+ケルセチン」「フィセチン」といった成分が話題になることがある。これらは初期のセノリティクス候補だ。動物実験で寿命延長効果が報告され、Mayo Clinicなどで小規模臨床試験も走っている。
セノリティクスのヒトでの大規模・長期臨床データはまだ揃っていない。「老化細胞を全部消せば若返る」という単純なモデルは、科学者の間でほぼ否定されている。研究の関心は「どの細胞を、いつ、どこで消すか」へ移った。
春の健康診断の結果を眺めながら、抗老化サプリのレビューをスクロールしている人へ。「老化細胞は悪、消せば良い」というシンプルな話は、もう最先端ではない。むしろ、傷の治りや組織修復に必要な細胞まで巻き添えにするリスクが議論されている段階。
派手な見出しの裏で、研究は地味な分類作業を続けている。万能の若返り薬が登場する日は、まだ遠い。
老化細胞除去薬(セノリティクス)、もし実用化されたら使いたい?
参考・出典
- Naturally occurring p16Ink4a-positive cells shorten healthy lifespan (Baker DJ, Childs BG, Durik M, et al., 2016) — Nature
- An Essential Role for Senescent Cells in Optimal Wound Healing through Secretion of PDGF-AA (Demaria M, Ohtani N, Youssef SA, et al., 2014) — Developmental Cell
- Cellular senescence: defining a path forward (Gorgoulis V, Adams PD, Alimonti A, Bennett DC, Bischof O, Bishop C, Campisi J, et al., 2019) — Cell