レーザーで削らず、電流で角膜を柔らかくする — 「切らない近視矯正」がウサギの眼球で動いた

レーザーで削らず、電流で角膜を柔らかくする — 「切らない近視矯正」がウサギの眼球で動いた
この記事は研究・論文の内容をわかりやすく紹介したものです。詳細は原著論文・原典をご確認ください。

レーザーで角膜を削る代わりに、弱い電流を数十秒流して組織を一瞬だけ柔らかくし、型に押し当てて固める。ウサギの眼球で、その「削らない視力矯正」が実際に動いた。

角膜を削らずに、形だけ変える

視力矯正と聞いて多くの人が思い浮かべるのはLASIKだろう。角膜の表面をフラップ状にめくり、レーザーで内部の組織を削って、ピントの合う曲率に作り変える。効果は高いが、削った組織は戻らない。ドライアイや、夜に光がにじむ「ハロー・グレア」を抱える人も一定数いる。

2025年3月、サンディエゴで開かれたアメリカ化学会(ACS)の春季大会で、まったく別のアプローチが発表された。レーザーも切開も使わない。角膜に弱い電流を流すだけ。

研究を率いたのは、オクシデンタル大学のマイケル・ヒル氏と、カリフォルニア大学アーバイン校のブライアン・ウォン氏のチーム。手法には「電気機械的リシェイピング(EMR)」という名前がついている。

チームが使ったのは、矯正後の理想的なカーブに合わせて作った白金製の「コンタクトレンズ型」。これを角膜に当てて電流を流すと、角膜がその形に沿って作り変わった。組織は一切削っていない。

角膜が「一瞬だけ粘土になる」仕組み

角膜の透明さと硬さを支えているのは、規則正しく並んだコラーゲンの繊維だ。この繊維は、まわりにある電気を帯びた分子(プロテオグリカン)と引き合うことで、決まった形を保っている。

ここに電流を流すと何が起きるか。電極の近くで水が電気分解され、ごく狭い範囲で酸性度(pH)が下がる。すると、コラーゲンを縛りつけていた電気的なつながりが一時的にゆるみ、組織がやわらかい粘土のような状態になる。

やわらかいうちに白金の型へ押し当てておく。電流を止めればpHは元へ戻り、コラーゲンは新しい形のまま固まる。型を外しても、角膜は矯正後のカーブを覚えている。チームはこの過程を、こわばった髪を一度濡らして巻き、乾かして形をつける作業にたとえている。

削るのではなく、いったん緩めて、別の形に組み直す。発想そのものがLASIKと真逆だった。

安く、速く、そして元に戻せる可能性

この手法が注目されるのは、効果だけではない。コストだ。LASIKに使う高出力のエキシマレーザー装置は高額で、一台が数千万円規模になる。EMRに必要なのは、ごく小さな電流を流す装置と、形を決める白金の型だけ。

研究チームによれば、処置にかかる時間はおよそ1分。組織を削らないため、原理的には「型を変えてやり直す」余地も残る。レーザーで一度削った角膜は元に戻らないのとは対照的だ。

近視・乱視・遠視のどれも、突き詰めれば角膜の曲率の問題に行き着く。曲率を狙った形に作り変えられるなら、応用範囲は広い。眼鏡やコンタクトの世界しか知らない世代にとって、視力矯正の選択肢が一段増えるかもしれない、という話だ。

  LASIK 電気機械的リシェイピング(EMR)
原理レーザーで組織を削る電流で柔らかくして型で整形
組織の除去あり(元に戻らない)なし
装置コスト高額なレーザー装置小型の電流装置+型
現在の段階確立された臨床手術研究室でのウサギ眼球実験

「削らずに電流で矯正」、あなたは試したい?

ただし、まだウサギの眼球の話

ここで冷静になりたい。今回の成果は、学会で発表された段階のもので、しかも実験の対象は人間ではない。チームが調べたのは、研究室に持ち込まれた12個のウサギの眼球。生きた体の中で、というより、取り出した眼球での検証だ。

角膜の形を狙いどおり変えられたこと、透明さが保たれたことは確認された。だが、生きた眼で長期間その形が安定するのか、合併症は出ないのか、人間の角膜でも同じように働くのか。確かめるべきことは、まだいくつも残っている。

ヒル氏自身、メディアの取材に対して、これは初期段階の成果であり、人での試験はこれからだという趣旨を語っている。LASIKを「もう古い」と切り捨てるには早すぎる。

それでも、レーザーで削るしかなかった領域に、電流と型という地味な道具立てで割って入る発想は面白い。視力矯正の教科書が、数年後には少し書き換わっているかもしれない — その入り口を、ウサギの眼球がいま開けようとしている。

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