金属でできた小惑星へ — NASA探査機『プシケ』が火星で『ブランコ』した日

金属でできた小惑星へ — NASA探査機『プシケ』が火星で『ブランコ』した日
この記事は研究・論文の内容をわかりやすく紹介したものです。詳細は原著論文・原典をご確認ください。

NASAの探査機『プシケ』が今月、火星をブランコ代わりに使った。目指すのは、金属でできた小惑星。重力を借りて加速する、いわゆるスイングバイだ。

『金属の塊』という、奇妙な小惑星

火星と木星のあいだに広がる小惑星帯に、『プシケ』と呼ばれる直径220キロほどの天体がある。普通の小惑星は岩石や氷で構成されている。これは違う。レーダー観測や赤外線の反射パターンから、表面に鉄やニッケルといった金属が多く含まれる可能性が示唆されてきた。

研究者のあいだで長く語られてきたのが、「壊れた原始惑星の核ではないか」という仮説。地球の中心にも鉄ニッケルの核があるが、上にあるマントルと地殻を取り除いて中身だけを観察することは不可能に近い。プシケが本当に金属を主成分とする天体なら、惑星の内部を間接的にのぞき見るチャンスになる。

小惑星プシケは1852年にイタリアの天文学者アンニーバレ・デ・ガスパリスが発見。名前はギリシャ神話の「魂」を意味する女神プシュケーから取られた。直径は約220キロ、太陽からの距離は約3天文単位(地球と太陽の距離の3倍)。

なぜ火星で『ブランコ』をするのか

探査機を遠くへ送るとき、エンジンの推進力だけで加速するのは効率が悪い。燃料を大量に積めば重くなり、重ければ加速しにくい。そこで使われるのが、惑星の重力で進路と速度を変えるスイングバイ。

プシケが打ち上げられたのは2023年10月、ケネディ宇宙センターから。太陽光発電を使ってキセノンイオンを噴射する『ホール効果スラスター』という方式で航行している。化学燃料に比べて推力は小さいが、長期間にわたって少しずつ加速できる。火星の重力を借りることで、目的地までの到達時間を短縮する設計になっていた。

NASAの公開情報によれば、小惑星プシケへの到着予定は2029年8月。あと3年と少し、宇宙を旅する。

地球の中心は『見られない』からこそ

地球の核について、人類が直接観測した実績はゼロに近い。これまでに人間が掘れた最も深い穴は、ロシアのコラ半島超深度掘削坑の約12.3キロ。地球の半径は約6400キロだから、表面のごく薄い皮を引っかいた程度に過ぎなかった。

核の組成・温度・流れは、地震波の解析や理論モデルから推定するしかない。プシケ研究チームを率いるアリゾナ州立大学のリンディ・エルキンス=タントン氏は、2017年の論文でプシケを「惑星形成の早い段階で分化した天体の鉄ニッケル核の可能性が高い」と論じている。仮にこの推測が当たっていれば、人類が初めて「惑星の核に近いもの」を間近で観測することになる。

項目情報
打ち上げ2023年10月13日
火星スイングバイ2026年5月
小惑星到着予定2029年8月
推進方式ホール効果スラスター(太陽電気推進)
運用機関NASA/アリゾナ州立大学

2029年、プシケ到着のニュース、追いかける?

「時価1000京ドル」の見出しに、釣られない

プシケに関しては、過去に「これだけの金属を地球に持ち帰ったら時価10垓ドル」「世界経済を破壊する小惑星」といった煽り見出しが世界中を駆け巡った時期がある。だが、そんな大量の金属が市場に流れたら価格は暴落する。地球まで運ぶ技術もない。経済価値で語るのは話を派手に見せる以上の意味を持たない。

科学的に重要なのは別のところ。これが惑星形成の早い時期の記録になりうるという点。木星のような巨大惑星の重力に振り回されて、初期の太陽系では原始惑星同士が衝突を繰り返したと考えられている。プシケはその痕跡を、金属という形で4億年以上保存してきたのかもしれない。

プシケ探査が成功すれば、人類が初めて「金属を主成分とする可能性のある天体」を間近で観測することになる。観測結果によっては、惑星形成の従来モデルを書き換える材料になりうる。

もちろん、はずれる可能性もある

「金属でできた天体」という前提自体、まだ仮説の域を出ていない。2022年以降の地上望遠鏡による観測では、プシケの表面密度が当初の予測より低い可能性も指摘された。岩石と金属が混ざった天体、あるいは表面だけが金属で覆われた構造、いくつかのシナリオが残されている。

到着まであと3年。火星をブランコにした探査機が、何を見て帰ってくるのか。深夜にこの記事を読んでいる読者が30歳になる頃、たぶんニュースが届く。

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