ハエの脳、配線を全部描いた地図ができた — 14万個の神経から「甘い」が再現された話

ハエの脳、配線を全部描いた地図ができた — 14万個の神経から「甘い」が再現された話
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体長3ミリのハエの頭の中に、約14万個の神経細胞と5000万本の接続がある。その全部を一本残らず描き切った地図が完成して、研究チームがその配線だけを頼りにコンピューター上でハエに砂糖を「味わわせた」ところ、本物そっくりに反応した。

キイロショウジョウバエの脳、まるごと地図化

主役は、台所の三角コーナーに湧くあの小さい虫——キイロショウジョウバエの成虫の脳だ。

プリンストン大学のセバスチャン・スン氏とマラ・マーシー氏が率いる国際チーム「FlyWire」が2024年、この脳に含まれる神経細胞のつながり方を端から端まで再構成した地図を発表した。電子顕微鏡で脳を髪の毛よりずっと薄くスライスして撮影し、その画像を積み重ねて立体に復元する。気の遠くなる作業だ。

こういう「神経のつなぎ方の全体図」のことをコネクトーム(神経配線図)と呼ぶ。脳を回路図として見たもの、と思えばいい。

研究チームによると、再構成された脳には約13万9000個の神経細胞と、それらをつなぐ約5000万本の化学シナプス(神経どうしの接続点)が含まれていた。区別された細胞の「種類」は8400以上にのぼる。

ヒトの脳の神経細胞はおよそ860億個と言われるから、14万なんて誤差みたいな数字に見える。でも、動物の脳をまるごと、一個も取りこぼさずに配線図にしたのは、これが初めてに近い規模だった。

地図を眺めていたら、知らない部品が出てきた

面白いのはここから。

配線をたどっていくと、これまで誰も記載していなかったタイプの神経細胞がいくつも見つかった。長年ハエの脳を研究してきた人たちにとっても初対面の部品が、地図の中にふつうに並んでいたわけだ。

もう一つ、チームを驚かせたのが接続の「構造」だった。脳の中の情報の流れには、ぐるりと回って戻ってくるループや、特定のハブに集まる結びつきが、想像以上に作り込まれていたと報告されている。設計図を手に入れて初めて、その精巧さが見えてきた。

地図がなければ、どの神経がどこへつながっているかは「たぶんこのへん」という推測でしかなかった。完成した配線図は、その推測を確かめられる土台になった。

配線図だけで、バーチャルなハエに砂糖を味わわせた

ここが「へえ」と声が出るところ。

別の研究グループは、この静止した地図——どの神経がどの神経につながっているかという情報だけ——を使って、ハエの脳をコンピューター上で動かすモデルを作った。生きた脳を測ったのではなく、配線図から「たぶんこう動くはず」を計算で再現したものだ。

そのモデルで、砂糖を感じる神経のスイッチを入れてみる。すると、口を動かして食べる動作につながる神経までちゃんと興奮した。本物のハエが甘いものに反応するときと、近い振る舞いだったという。

配線という「地図」を渡されただけで、脳が何をするか——味を感じて食べようとする一連の流れ——をある程度言い当てられた。研究チームは、つなぎ方そのものが脳の機能を強く決めていることの表れだと受け止めている。

あなたがコンビニのレジ前で甘いものに手が伸びるとき、頭の中では「甘い」を受け取った信号が「食べたい」へとつながっている。スケールも複雑さも桁違いだけれど、信号が配線をたどって行動になる、という骨組みは生き物に共通している。ハエの地図は、その骨組みを目で見える形にした最初の一枚だ。

脳を「配線図」として丸ごと地図化する研究、どう受け取った?

ただし、地図は地図でしかない

盛り上がったところで冷や水も入れておく。

このコネクトームは「どことどこがつながっているか」のスナップショットだ。神経が実際にどんな強さで、どんなタイミングで信号をやりとりしているかまでは、配線図だけでは分からない。地下鉄の路線図を持っていても、いま何両編成の電車が何分おきに走っているかは別の情報、というのに似ている。

しかも調べたのは一匹のハエの脳。個体差や、経験による配線の変化がどこまであるのかは、これからの宿題として残る。そしてヒトの脳はこの数十万倍の規模で、同じやり方で丸ごと地図にするのは今の技術では遠い。

それでも、虫一匹の頭の中を一本残らず描いた地図が手元にある。次に台所でショウジョウバエを見かけたら、あの中に5000万本の配線が走っていると思い出すと、ちょっとだけ見る目が変わるかもしれない。

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