道で見かけるハトが、なぜ歩くたびに首をカクカク前後させるのか。考えたことすらない人がほとんどだと思う。膝の上の猫が鳴らすあのゴロゴロも、犬が言葉に反応して首を傾けるあの仕草も、なんとなく可愛いで済ませてきた。だが、どれも実験室できちんと答えが出ている。
首を振っているのではなく、首を「止めている」
結論はちょっと意外だった。ハトは首を振っているのではない。世界に対して頭を一瞬ピタッと固定し、体だけが前へ進み、追いつかなくなった瞬間に頭を勢いよく前へ送る。この「固定(ホールド)」と「前送り(スラスト)」の繰り返しが、人間の目にはカクカクの首振りに見える。
これを示したのが、カナダ・クイーンズ大学のバリー・フロストが1978年に行ったトレッドミルの実験だった。ハトをルームランナーの上に乗せ、周りの景色だけが体と同じ速度で一緒に動くようにする。すると首振りがピタリと止んだ。足は動いているのに、だ。
頭を空間に対して止めている間だけ、網膜に映る像はブレずに固定される。鳥は目を動かす範囲が人間より狭く、眼球だけで像を安定させにくい。だから首ごと止める。歩きながらシャッターを切る手ブレ補正のようなもの、と読むとわかりやすい。
景色が動かない環境では止める必要がないから振らなくなった。バランスを取るためでも、リズムを刻むためでもない。視覚の話だった。
機嫌がいいとき「だけ」じゃない
膝の上で目を細めてゴロゴロ。幸せの音、というイメージが強い。ところが猫は、動物病院の診察台で怯えているときも、ケガをして弱っているときも、出産のさなかにも喉を鳴らす。痛みや不安の場面でも出るとなると、単純な「ご機嫌サイン」では説明がつかない。
イエネコのゴロゴロは、おおよそ25〜150ヘルツという低い周波数帯に収まる。基本となる音はだいたい25ヘルツ前後。注目されてきたのは、この低周波の振動そのものだ。
0
Hz 前後
イエネコのゴロゴロの基本周波数
生物音響学者エリザベス・フォン・ムッゲンタラーらが2001年に報告した分析では、猫のゴロゴロの周波数帯が、骨密度の維持や組織の修復を促すとされる振動の範囲と重なっていた。自分で自分を癒す自己治癒装置なのではないか、という仮説だ。不安なときに鳴らすのも、自分を落ち着かせる行為と読める。
ここは断定を避けたい。「低周波の振動が治癒を促す」という部分はまだ仮説の段階で、ゴロゴロが直接ケガを治すと証明されたわけではない。確かなのは、満足だけでなくストレスや痛みの場面でも出る、という観察事実のほう。
幸せの音であり、痛みをやり過ごす音でもある。一つの仕草が正反対の場面で使われている、というのがこの謎のおもしろさだった。
「散歩」と言うと傾けるあの角度
飼い主が話しかけると、犬がクイッと首を横に倒す。あの仕草の正体は、長らくただの愛嬌として片づけられてきた。手がかりが出たのは2021年、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学のアンドレア・ソンメセらが学術誌Animal Cognitionに発表した研究だ。
研究チームは、おもちゃの名前を次々覚える「言葉の天才犬」と、そうでない犬を比べた。すると、おもちゃの名前を聞いたときに首を傾ける頻度が、天才犬グループで明らかに高かった。意味のある言葉を聞き、記憶を呼び出して処理している瞬間と、首かしげが結びついていた可能性がある。
| グループ | 名前を聞いたときの首かしげ |
| 言葉をよく覚える犬 | 傾ける頻度が高い |
| そうでない犬 | 傾ける頻度が低い |
もう一つ、昔から言われてきた説がある。マズル(鼻先)が長い犬ほど視界の下半分が隠れ、人の口元や表情が見えにくい。首を傾けて死角をずらし、話し手の顔をしっかり捉えようとしている、という見立てだ。聞き取りと、見え方。両方が絡んでいるのかもしれない。
どちらにせよ「ただ可愛いだけ」ではなかった。犬なりに、こちらの言葉を真剣に処理している最中の顔だった。
三つ並べてみると、共通点が浮かぶ。可愛い、不思議、で止まっていた仕草の裏に、視覚の安定化や自己防衛や情報処理という、れっきとした理由が隠れていた。次にハトとすれ違ったら、足ではなく頭の動きを見てほしい。止まっている瞬間が、確かにある。
一番「へえ」と思ったのはどれ?
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