『今日でお別れ』を歌った人が、本当に別れた — 菅原洋一さん92歳、昭和の歌が遺したもの

歌手の菅原洋一さんが92歳で亡くなった、との報道がある。代表曲は「今日でお別れ」。別れの歌で長く知られた人の、本当の別れだった。
92歳での訃報
複数のメディアが、菅原洋一さんの死去を伝えている。年齢は92歳とされている。
名前にピンとこない読者もいるはずだ。だが「しりたくないの〜」と一節だけ流れれば、どこかで聴いた気がする。あの低くて湿った声は、テレビの歌番組やスナックの有線、親や祖父母の車の中に、しれっと混ざっていた。
1933年生まれ。兵庫県の出身で、シャンソンやムード歌謡を地盤に、戦後日本の歌謡曲を半世紀以上歌い続けた人物とされている。
「知りたくないの」と「今日でお別れ」
世代を超えて残っている曲が二つある。
ひとつは1965年に広まったとされる「知りたくないの」。相手の過去を知りたくない、というあの未練たらしさを、突き放すでもなく抱え込むでもなく歌った。もうひとつが「今日でお別れ」。結婚式の最後や送別の場面で流れた、と記憶している人も少なくないだろう。
カラオケの採点機種に、いまも入っている。深夜に一人でDAMやJOYSOUNDのランキングを眺めていると、令和のヒット曲の隙間に、こういう昭和の一曲がぽつんと残っているのに気づく。歌った本人がいなくなっても、十八番として歌い継ぐ誰かがいるかぎり、曲のほうは消えない。
NHK紅白歌合戦の常連でもあった、とされている。昭和の家庭で年末に流れていた歌手、と言えば像を結ぶ人もいるはずだ。
「名前は知らないけど曲は知ってる」世代
訃報が流れると、ネット上には世代差そのままの反応が並んだ。
「名前は正直わからなかったけど、サビを聴いたら『あ、この曲か』ってなった」という声もある。
親世代からは別の温度の言葉が出ている。
「実家の車で延々かかってた。あの声がもう新しく録られないと思うと、急に時代が遠くなる」というネット上の意見もある。
顔と名前は一致しない。でもメロディだけは体に入っている。この「曲だけ生き残っている」状態こそ、昭和の国民的歌手が令和の若者の中で占めている、奇妙にリアルな居場所なのだと思う。
歌った世代が、退場していく
ここ数年、戦後の歌謡曲を背負った歌い手の訃報が続いている。一人去るたびに、紅白の白黒映像や、レコードのジャケットの中の表情が、過去のものとして固定されていく。
菅原さんの曲が独特なのは、ヒット曲のテーマが「別れ」だった点にある。送別、卒業、離別。誰かと離れる瞬間に流す歌を残した人が、最後は自分の別れでその歌を呼び戻した。受け取り方は人それぞれだが、筆者にはどこか出来すぎた幕引きに見えた。
深夜にこの訃報を読んで、サブスクで一曲だけ再生する。それで十分な弔い方なのかもしれない。曲を一度通して聴けば、なぜ半世紀も歌い継がれたのか、理屈より先に耳が答えを出す。
これから語られそうなこと: 昭和歌謡を体現した世代の継承を、誰がどう引き継ぐのか。
菅原洋一さん、あなたにとっては?