ハチは、ご褒美もないのに木の球を転がし続けた — ロンドン大が記録した『昆虫の遊び』

餌があるわけでもないのに、マルハナバチは木でできた小さな球を何度も転がした。1匹で100回を超えることもあったという。ロンドンの研究チームは、これを昆虫の『遊び』と呼んでいる。
巣に向かう途中、ハチは寄り道をした
実験の舞台は、餌場と巣箱をつなぐ一本道だった。マルハナバチはまっすぐ砂糖水へ向かえばいい。ところが道の脇に小さな木の球を置いておくと、ハチはわざわざそこに立ち寄り、球を転がし始めた。
球を転がしても餌は出ない。巣に近づくわけでもない。何の報酬もない動作を、あるハチは1回で済ませ、あるハチは延々と繰り返した。
論文を率いたサマディ・ガルパヤゲ・ドナ氏らは、この行動が動物の「遊び」を定義する5つの条件——目的のための行動ではない、自発的である、繰り返される、ストレス下では起きない、など——をおおむね満たしていた、と報告している。
若いハチほど、よく転がした
面白いのはここからだ。チームが年齢や性別ごとに行動を比べたところ、はっきりした偏りが出た。
| グループ | 球を転がす傾向 |
|---|---|
| 若い個体 | 年長より多く転がした |
| オス | メスより長く転がした |
| 空腹のとき | むしろ減る傾向 |
子どもがいちばんよく遊び、満腹で余裕があるときに遊ぶ。哺乳類の遊びでよく言われるパターンと、不思議なほど似ている。
研究チームは別の実験もしている。片方の部屋には球を、もう片方には何も置かない。すると後日、ハチは球のあった部屋を「好む」ようになった。球で遊んだ経験そのものが、ハチにとって心地よい何かだったと読める。
夜中にスマホをいじる、あの感覚に近いかもしれない
脳の神経細胞が100万個に満たない昆虫が、見返りのない動作を「楽しんでいるように見える」。この事実が落ち着かないのは、遊びをヒトや犬や、せいぜいカラスあたりまでの特権だと、どこかで思っていたからだろう。
「この発見は、昆虫の心について私たちが抱いてきた考えを揺さぶる」——チットカ研究室は、こうしたハチの行動が単なる反射ではなく、ある種のポジティブな感情状態と結びついている可能性を指摘している。
用がないのに、なぜか手が動く。あなたが今こうして、特に目的もなくスマホをスクロールしているのと、構造はそんなに違わないのかもしれない。報酬がはっきりしない行動を繰り返すこと自体が、生き物にとって何かのご褒美になっている——そう考えると、ハチの寄り道が少し他人事に思えなくなる。
ハチが「遊んでいた」という解釈、あなたはどう受け取る?
ただし、「楽しい」とハチに聞いたわけではない
ここは冷静に線を引いておきたい。研究チーム自身が認めているとおり、ハチが本当に主観的な「楽しさ」を感じていたかどうかは、この実験では確かめようがない。観察できるのは外から見た行動だけだ。
球を転がす動きが、たまたま餌探しの動作の延長で出てしまっただけ、という説明も完全には否定できない。サンプルは45匹で、決して大規模な検証ではない。「遊びの条件を満たす」ことと「遊びである」ことの間には、まだ距離がある。
それでも、もし将来この解釈が固まっていったら。庭でブンブン飛んでいるあの小さな虫を、踏まないように少しだけ気をつけたくなる人が、増えるかもしれない。